2001年ドバイワールドカップ編
2001年ドバイワールドカップ朝食会:2001年3月22日(木)
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ワールドカップが行われる週の木曜、ナドアルシバ競馬場で屋外朝食会が行われました。会場はコースとパドックに挟まれた芝生の上で、調教師や騎手達のインタビューを聞きながらホテル並みのバイキング料理を楽しめます。私はこの年初参加。しかし、泊まったホテルで軽く朝食をとってから出かけてしまったので、もったいないことをしました。この年の参加費は無料。かなり朝早くからやっていたようです。 |
| ゴドルフィンの主戦ジョッキーでもあるデットーリ騎手の話も、こんな間近で聞くことが出来ました。この時は、UAEダービーに出走する「ストリートクライ」についてのインタビューを受けていました。 |
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他にも、馬の調教やパドックでのスクーリング(本番に備えての練習)も見ることが出来ました。ナドアルシバでの調教は、参加国によって追い切る時間が決まっているようで、日本の馬を見ることが出来なかったのは残念です。(後で聞いた話では、日本馬は夜明け前に調教をしていたとか。知っていても起きられなかったと思います。)
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日本のGI安田記念で優勝した香港馬フェアリーキングプロ−ン
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インタビューのステージに向かう調教師や騎手達は、会場の中を歩くので、サインをもらったり一緒に写真を撮ったり出来るチャンスもありました。買ったばかりの帽子にサインをもらっていた人が一番多かったかも。私はマジックを準備していなかったので、サインをもらうことは出来ませんでしたが、大好きなオリビエ・ペリエ騎手と写真を撮ってもらうことが出来て、大興奮でした。ワールドカップも楽しいですが、この朝食会もかなりおススメのイベントです。
2001年ドバイワールドカップ:2001年3月24日(土)
この年のワールドカップデー、5頭の日本馬が4つのレースに挑戦しました。ワールドカップ以外のレースにも楽しみが広がったのでとても嬉しかったのですが、一緒に競馬を見に行く母親達の買い物が予想以上に長引き、私達が競馬場に着いたのは2レース(17:20)が始まる直前でした。競馬場近くには1レース前(16:40)に着いていたのに、競馬場前の道で大渋滞に巻き込まれてしまったのです。
渋滞を見越して余裕の行動が必要でした。おかげで「Pick Seven」には参加し損ねるし、純血アラブのレースも、ペリエ騎手騎乗ノボトゥルーのパドックも見損ねました。ゴドルフィンマイル(ダート1600M)出走のノボトゥルー、結果は9着。このコンビで日本のGTを勝ったばかりだったので、現地でもかなりの注目だったようですが残念でした。
今年もインターナショナルビレッジでの観戦にしました。遅れたせいでスタンドに席もなく、母親達は芝生に敷物を敷いて陣取り、私はあちこち歩き回っての観戦になりました。
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UAEダービー(ダート1800M)は、私が「ゴドルフィンセブンスターズ」(ドバイのレーシングチーム主催のペーパーオーナーゲーム)で選んだ馬ストリートクライが出走するので、とても楽しみにしていたレースです。このレースでは残念ながら2着でしたが、翌年のドバイワールドカップでは見事に優勝。能力の高さを証明してくれました。 |
続いてシーマクラシック(芝2400M)。このレースには日本からステイゴールドが参戦しました。レースの本命は、昨年度のワールドシリーズチャンピオンでゴドルフィンのエース、ファンタスティックライトでしたが、なんとステイゴールドがゴール直前にファンタスティックライトを差し切ったのです。日本馬初のドバイでの勝利。歴史的な瞬間でした。
| ステイゴールドはこれまで日本のGTで何度も2着という惜敗続き。スローVTRが流れた時、ここでもまた2着のように見えたのですが、写真判定は思いのほか早く出て、場内ビジョンに優勝馬ステイゴールドの姿が映し出されました。ドバイでこんなに早く勝利の喜びを味わうことが出来るとは思っていなかったので、私は我を忘れて大喜びしてしまいました。鞍上の武豊騎手も何度もガッツポーズ。ステイゴールドがここゴールドの街ドバイで、まさにゴールドの輝きを手に入れたのです。 |
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ゴールデンシャヒーン(直線ダート1200M)の後は、ドバイデューティーフリー(芝1777M)。このレースにはイーグルカフェが参戦です。パドックで歩く彼はとても気合が入って、少々暴れ気味でした。その後、日本で何度かイーグルカフェのパドックを見ましたが、とてもおっとり歩く馬なのです。ドバイで暴れたのは、ナイター競馬に慣れていなかったせいでしょうか、結果は9着。残念な結果に終わりました。 |
そしていよいよドバイワールドカップ。日本からはレギュラーメンバーとトゥザヴィクトリーが参戦しました。武豊騎手騎乗のトゥザヴィクトリーが逃げてレースを引っ張り、最後、ゴール前でキャプテンスティーヴに交わされましたが大健闘の2着。日本馬のワールドカップ過去最高順位です。
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ワールドカップ出走トゥザヴィクトリー
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武豊騎手を乗せていよいよ出走
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3位までが入ることを許されるウイナーズサークルにトゥザヴィクトリーも戻ってきました。この歓喜の輪に、自分も加わって喜べたことが何よりも嬉しかったです。 |
帰りは余韻に浸りながら、競馬場のタクシー乗り場で1時間くらい待ってホテルへ帰りました。インターナショナルビレッジでは12時近くまでバーが開いていたりライブが行われたりしているようです。時間をずらして帰っても良かったかもしれません。この年は無事に正規料金でホテルまで戻れました。
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2001年プログラム、表紙は昨年の優勝馬ドバイミレニアム
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初めてドバイに来てからというもの、ここまでの移動の大変さとこの時期の日本との気温差に、人間でも体調の管理が難しいのだから、ましてや馬にとってのドバイ遠征は並大抵なものではないと思っていました。応援に来ていながらも日本の馬が勝つというのは、夢のまた夢のように思っていました。なので、ステイゴールドの勝利やトゥザヴィクトリーの活躍を目の前で見られたというのは、言葉に言い尽くせないほどの感激でした。でも、日本馬の挑戦は、これで終わりではありません。これからもまだまだ続きます。世界の頂点に立つまで、いえ、頂点に立っても、このドバイに挑戦し続けて欲しいです。
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